現在、アメリカの家計におけるクレジットカード債務の延滞が急速に深刻化しており、特に「90日以上の延滞(serious delinquency)」が急増しています。この指標は、支払いの遅延が長期に及び、債務不履行(デフォルト)に至る可能性が高い状況を意味しており、家計の健全性を測るうえで極めて重要です。
所得層ごとの延滞動向)まず注目すべきは、所得下位層での深刻延滞率の上昇です。2024年から2025年にかけて、90日以上の延滞率は**20.1%**に達し、これは2008年の金融危機以来、最も高い水準となっています。つまり、5人に1人がカードの返済を3か月以上滞らせている状態であり、低所得層の生活が極めて脆弱になっていることが浮き彫りになっています。
さらに意外なのは、通常であれば経済的に安定しているはずの**所得上位層(トップ10%)でも、90日超の延滞率が7.3%**に上昇している点です。これは過去12年間で最も高い水準であり、収入が高くても返済能力に限界が生じていることを示しています。このことから、単に貧困層の問題にとどまらず、アメリカ全体の家計構造にひずみが生じていることが分かります。
全国平均の推移と過去との比較)全国の平均でも、クレジットカード債務に占める90日超延滞の割合は12.3%に達しており、これは2008年のサブプライム危機直前とほぼ同水準です。当時の延滞率ピークは13.7%でしたので、それにかなり近い水準にまで上昇しているということになります。
また、延滞者の人口比率も増加しており、現在はリーマン・ショック直前の水準を上回っているという分析もあります。これは「延滞債務の総額」だけでなく、「延滞している人数」も過去最大級になっていることを意味しています。
背景にある要因)この延滞率の上昇にはいくつかの背景があります。
① インフレによる生活費の上昇:日用品、住宅費、エネルギー価格などが高止まりしており、家計が固定支出に追われています。これにより、カード債務の返済が後回しにされやすくなっています。
② 金利の上昇:クレジットカードの金利はすでに年20%超が一般的で、利息の負担が急増。これまでより少し支払いを遅らせるだけでも、雪だるま式に債務が膨らむ状況にあります。
③ パンデミック支援の終了:2020~2022年にかけて提供された各種給付金や支援制度が終了し、家計の下支えがなくなったことで、特に低所得層が延滞に陥りやすくなっています。
④ 家計貯蓄率の低下:貯蓄率は過去最低水準に近づいており、多くの家庭が「貯金を切り崩して生活」するステージから、「カードで借金しながら生活を維持」する段階に入ってきています。
⑤ 金融システムへの波及リスク:延滞率の上昇は、単に個人の信用問題にとどまらず、金融機関や金融市場全体へのリスクにもつながります。
銀行の不良債権リスク:銀行やカード会社は、貸し倒れに備えて「貸倒引当金」を積み増さなければならなくなり、業績の悪化や信用リスクの拡大を招くおそれがあります。
信用収縮(クレジットクランチ):延滞率の上昇を受けて金融機関が融資基準を厳格化すると、消費者や中小企業への資金供給が滞り、景気の減速を加速させる可能性があります。
他の債務への波及:すでに自動車ローン、学生ローン、住宅ローンなどでも延滞の兆しが見られており、家計全体の信用不安がドミノ式に広がるリスクがあります。
今後特に注視すべきは以下の点です。
① 雇用状況が悪化した場合、さらに延滞率が跳ね上がるかどうか
② FRB(米連邦準備制度理事会)が金利をいつまで高水準で維持するのか
③ 消費者信用の逼迫が消費や企業業績にどの程度影響を与えるか
④ 銀行の与信態度やカード発行基準の変化
いまのところ、まだ本格的な信用崩壊には至っていませんが、指標の多くが「金融危機時の水準」に近づいてきており、少しのショックでも大きな波及を招くリスクがある状態です。特に「高所得層」までもが延滞し始めているという事実は、アメリカの信用経済にとって非常に危険な兆候と言えるでしょう。
今後の経済指標や金融政策の動向次第では、再びリーマン・ショック級の信用不安が生じる可能性も否定できず、投資家・政策担当者ともに慎重な対応が求められる局面に差しかかっています。
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