為替変動をヘッジしたうえで、各国の投資家が米国債に投資する場合、得られるリターンは一様ではありません。これは、各国通貨と米ドルとの金利差、およびその差を埋めるヘッジコスト(通貨スワップやフォワード取引の差)に大きく影響されるためです。特に2024年以降、アメリカの短期金利が他国よりも高い状態が継続していることで、このヘッジコストは上昇傾向にあります。
■ 日本の場合(円→米ドル):日本の10年国債の利回りはおおむね1.0~1.5%と非常に低く、一見すると利回り4.5%程度の米10年国債は魅力的に見えます。しかし、為替変動をヘッジするためにドル円で通貨スワップを組むと、そのヘッジコストが非常に高く、最終的にヘッジ後の利回りは日本国債より1.3%程度低くなるとの試算も出ています。
つまり、米国債への円ヘッジ付き投資は、国内債の利回り ≈ 米国債ヘッジ後の利回り −1.3%という逆転現象が発生しており、日本から米国債に為替ヘッジ付きで資金を移すインセンティブは限定的です。
■ イギリスの場合(ポンド→米ドル):英国の10年国債(ギルト)の利回りは3.0~3.5%であり、米10年国債の利回りとの差は1%程度です。しかし、通貨スワップ市場におけるヘッジコストを加味すると、米国債のヘッジ後リターンは英国債とほぼ同等水準に落ち着くとされています。
これは、ポンドの短期金利も比較的高水準にあるため、為替ヘッジコストが相殺されやすくなっているためです。
したがって、英国投資家にとっては、米国債ヘッジ後の利回り ≈ 英国国債の利回り(≒3.3%)となり、利回り差からの大きな利益は見込めません。
■ ドイツ(ユーロ圏)の場合(ユーロ→米ドル):ドイツ10年国債(ブント)の利回りは**2.5~3.0%**前後ですが、米ドルとの金利差が大きいため、ヘッジコストが比較的高くなります。この結果、ユーロ建てで米国債をヘッジ付きで運用すると、ドイツ国債と比較して0.6%程度リターンが低くなるという推定が示されています。
ドイツ国債の利回り ≈ 米国債ヘッジ後の利回り +0.6%つまり、リスクを取ってヘッジしてまで米国債に投資するメリットは薄くなっています。
■ 中国の場合(人民元→米ドル):中国10年国債の利回りは現在**2.7~3.0%**程度と、日欧よりは高く安定しています。また、短期金利も3%以上あるため、ドルとの金利差は他の国ほど極端ではありません。
ただし、中国では為替取引においてNDF(ノン・デリバラブル・フォワード)など規制のある手段が中心となるため、為替ヘッジコストの正確なデータは公開されにくい傾向にあります。それでも、金利差の構造上、為替ヘッジ後でも米国債の利回りは若干の上乗せが可能と考えられます。
よって、中国投資家にとっては、米国債ヘッジ後の利回り ≧ 中国国債の利回りという構造が成り立つ可能性があり、米国債への為替ヘッジ付き投資は有力な選択肢となります。ただし中国は積極的にドル離れをし、現実的にも米国債保有を減らし続けています。
日本の超長期国債の金利も高いですし、世界的に米国債離れは加速しそうですね。となると長期金利は上昇することになりますので、注意が必要です。
ここからは段階的にどのような状況に陥るリスクが高いのか?理解を深めてみましょう。
米国債離れ(U.S. Treasuriesからの資金流出)が世界経済や金融市場に与える影響とリスクは、単なる価格変動にとどまらず、グローバルな信用、流動性、通貨制度、資産配分に至るまで多層的な構造的問題を引き起こします。以下にその主要な影響とリスクを、段階的に整理して解説します。
🔹第1段階:米国債価格下落と金利上昇
● 資金流出の直接的結果
米国債の保有者(日本、中国、海外中央銀行、SWFなど)が売却すれば、需給バランスが崩れます。これにより米国債価格は下落し、逆に利回り(金利)は上昇します。
米10年債利回り上昇 → 各種ローン・社債・住宅ローンの金利も上昇
民間投資・住宅市場・企業借入に圧力
金利上昇による米国財政赤字の利払い負担増加
🔹第2段階:世界的な金利連動と信用リスク
米国債の金利はグローバル金利の基準です。よって米金利が上がると…
● 各国国債の売り圧力
ドイツ、英国、日本などの国債も相対的に見劣りし、利回り上昇圧力
特に新興国は米国債の上昇に連動しやすく、資本流出・通貨安を招く
● 世界中の借入コスト増
企業・国家の債務返済が重くなり、財政悪化と債務危機リスクが拡大
企業の資本コストが上がり、株価は下落(バリュエーション圧縮)
🔹第3段階:流動性の逼迫とドル基軸への揺らぎ
● 米国債は「安全資産」として銀行・保険・年金ファンドの中核
国際金融規制(バーゼルIII)では、高品質流動性資産(HQLA)とされる
米国債の価格下落・ボラティリティ上昇 → HQLAとしての信用低下
● ドルの安全通貨としての信認低下
米国債が「安全ではない」と認識されると、ドル離れの加速
世界の準備通貨構造に疑念 → ゴールド、ユーロ、人民元、仮想通貨に分散
🔹第4段階:市場構造の不安定化
● 債券市場の深さ(market depth)喪失
米国債市場は世界最大の債券市場。ここで価格形成が不安定化すると、他市場の価格発見も機能不全
日銀・ECB・BOEなどが米国債のヘッジコスト上昇で購入回避 → 負のスパイラル
● 金融機関への波及
米銀や保険、ファンドは多くの米国債を保有。評価損や証券化商品の毀損リスク
シリコンバレーバンクのように、米債ポジションの損失から金融不安再燃の可能性
🔹第5段階:政策対応の限界と市場との綱引き
● FRBのジレンマ
利下げによる景気支援 → インフレ再燃リスク
利上げ維持による債券下落 → 財政と金融システム圧迫
● 財政政策への圧力
債券需要の減少 → 政府はさらに高金利で資金調達する必要
国防・社会保障などを削減しなければ、赤字は制御不能
🔹まとめ:米国債離れがもたらす5つのリスクの全体像
リスク分類 内容
金利リスク 債券価格下落により世界的に金利が上昇し、借入コストが増加
信用リスク 米国債の安全性への疑念が、金融機関や国家信用に波及
流動性リスク 米国債市場の取引量・安定性が損なわれ、他市場にも伝播
通貨リスク ドル基軸の信頼性が低下し、世界の通貨構造が分散化へ
制度的リスク 中央銀行・金融機関の制度設計が米債頼みの前提を喪失
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